ブック&シネマレビュー

書評『子どもの目で見た日本の学校 ―自伝から教育の実像を探る―』

 深谷先生は放送大学、静岡大学、成徳大学教授を歴任されてこられた教育社会学の研究者であり、教育者である。この10年間に『子どもの生活史』をはじめ、多くの著書を出されている。教育史をこれまでの教育政策史という上から目線ではなく、こども視点から通貫して見るという大変おもしろい方法がとられている。具体的には政治家、文学者、芸能人等、数多くの方々の自伝から、こども時代、教育、学校という環境を切り取り、その時代の教育の状況を明らかにしようとしている。その中で、その時代におけるこどもたちの成育環境全体の変化が明らかにされ、その問題点も浮き彫りにされている。また、自伝というものの存在の意義が再認識される。多くの人に読んでいただき、自分と同時代の成育環境の共感と、現代の課題について認識し、改善のための行動をとるきっかけとして欲しい。

(東京工業大学名誉教授 仙田 満)

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タイトル   子どもの目で見た日本の学校 ―自伝から教育の実像を探る―

著者     深谷昌志

価格   2860円(税込) Amazon Kindle版1100円(税込)

出版社     22世紀アート

ISBN    978-4867261675

発行年    2021年3月15日

サイズ(書籍の大きさ)  12.8 x 2.84 x 18.2 cm 446ページ

リンク URL:https://www.amazon.co.jp/子どもの目で見た日本の学校:自伝から教育の実像を探る-深谷昌志/dp/486726167X

書評『地域のなかで子どもが育つ 学童保育~ヘルシンキ・大阪の放課後~』

地域のなかで子どもが育つ学童保育~ヘルシンキ・大阪の放課後~ 

 本書では、子どもの豊かな生育環境、特に豊かな放課後が保障される条件を探るべく、ヘルシンキと大阪の子どもが放課後に過ごす時空間、具体的には学童保育所の比較を行っている。その基底には『遊びが学びに欠かせないわけ:自立した学び手を育てる』(ピーター・グレイ著・吉田信一郎訳:築地書館)が指摘する、子どもが自ら育つ能力を最大限に発揮できる条件として、以下の項目から事例調査を行っている。すなわち、1)遊びと探求するための時空間、2)年齢に関係なく自由に交流できること、3)知識があり思いやりのある大人との交流、4)様々な設備・備品を自由に使えるアクセシビリティ、5)自身の考えを表現し自由に意見交換できること、6)いじめからの解放、7)民主的なコミュニティである。子どもの学校制度も文化的環境も異なる2都市の比較ではあるが、比較から見えてくるのは、新自由主義的な言説により日本の学校での学びの量(学習指導要領の教育内容)が各段に増え、さらに保護者の受験学力の重視による塾通いが増えたことから、酸素が不足した池の魚のごとく、水面近くで呼吸しているような子どもたちの姿である。大人の責任として、まず第1に、子ども達が居住する地域内で子どもの意志で自由に移動できる環境づくりをすることである。第2に、地域資源である放課後施設の選択の自由があり、かつ、子どもと大人の交流が醸成されていくことである。第3に、対等な関係にある友だちと共感し合い、切磋琢磨したり、交渉できる「学び合いの場」を保障していくことである。 

 (東京学芸大学名誉教授 小澤紀美子)

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 タイトル:地域のなかで子どもが育つ 学童保育~ヘルシンキ・大阪の放課後~

著者:塚田由佳里

価格:1,000円(税別)

出版社:西山卯三記念 すまい・まちづくり文庫

ISBN:978-4909395061

発行年:2020年10月1日

サイズ(書籍の大きさ):A5/46p

リンクURL:http://www.n-bunko.org/publications.html

書評『世界のESDと乳幼児期からの参画 ーファシリテーターとしての保育者の役割を探る』

 

 

 本書は世界8か国における乳幼児期の「持続可能な開発のための教育(ESD=Education for Sustainable Development)」の実践を概観し、その課題と展望を示したものである。「持続可能な開発(SD=Sustainable Development)」という概念は、国連において1990年代初頭より提唱されてきたもので、昨今、保育界でも非常によく耳にする「SDGs」の「SD」だといえば分かりやすいだろうか。自然環境や格差・貧困問題等まで含む、地球規模の経済的・社会的な共通課題をいかに解決していくか、そのための次世代の育成をテーマとすると、乳幼児期からの取り組みについての重要性は論をまたないだろう。

 さて本書において通底する問題意識は、乳幼児期においてESDを取り入れようとしたときに、ややもすると「自然体験教育」のようなイベント的なものに終始してしまいがちということである。

 本書によるとESDを乳幼児期に取り入れる活動のうち、その実践スタイルとして「参加型」と「参画型」に大別できるという。「参加型」というのは、保育・教育者主導で、体験教育型のもの。保育現場ではひとつの設定保育として実施するようなイメージが重なる。「参画型」は、あくまで子ども(学習者)主導・主体で、問題発見・問題提起型の学びである。ESDの実践の中では、世界的にも、「参加型」のものから「参画型」の学びへとシフトチェンジが進行している最中であるとわかる。そこでの保育者の役割は、先導者・教育する者というよりも、ファシリテーターという立場が求められる。この点は現行の「保育所保育指針」にある「主体的、対話的で深い学び」という視点とも重なる話であろう。

 SDGsを取り入れた教育・保育というものが盛んにいわれている中であるが、その先駆けとして各国で根付いてきたESDを、本書を通じて掘り下げて振り返ることも有用なのではないか。

(大久保わかくさ子ども園 伊藤祐基)

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タイトル 世界のESDと乳幼児期からの参画 ファシリテーターとしての保育者の役割を探る

著者   萩原 元昭 編著

価格   3,400円(税別)

出版社  北大路書房

ISBN   9784762831270

発行年  2020年11月20日

サイズ(書籍の大きさ)  A5判208ページ

リンクURL:  https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784762831270

映画『モンテッソーリ 子どもの家』

モンテッソーリ子どもの家

 

 いくつかの全国紙でフランス映画『モンテッソーリ 子どもの家』が紹介されていた。興味を持ったので、新宿ピカデリーに出かけた。新宿に行くのは久しぶりだったので、新宿ピカデリーがシネマコンプレックスに変わっていたのに驚く。東京は緊急事態宣言下で、入場制限があり、観客はとても少なかったが、久しぶりに映画を観て楽しかった。

 映画の舞台はフランス最古のモンテッソーリスクール。監督が子どもを授かったのを機に、こどもの成長や教育に興味を持ち、映画をとることを決めたと述べている。冒頭、この映画を撮るきっかけとなった娘の映像が紹介されている。

 映画はほぼ全編28人のこども達の教室でのあそびと学びの様子を映している。モンテッソーリスクールの教具を使った活動をこのように2時間にわたって観るというのは貴重な体験だ。建築家として見ると、室や園庭の構成に特別な工夫があるとは思えなかったが、保育室の壁に整理された教具と、その構成はとても興味をひかれた。保育士はこどもの自立的な活動を支えるサポーターに徹している。そういう意味ではモンテッソーリの教具という環境装置も、日常的な家庭での仕事を中心に展開されているところが、十分控えめである。モンテッソーリスクールはヨーロッパ、アメリカ、日本において数多く展開されている。こどもの気づき、発見を基本としている。環境整備というところを見直すにはきわめて良い映画である。モンテッソーリスクールの建築的分析では2018年度こども環境・論文・著作賞を受賞した高橋節子(お茶の水女子大学)さんの「幼児教育のための空間デザイン モンテッソーリ教育における建築・設備・家具・道具」をぜひ読みなおしてみたいと思った。

(東京工業大学名誉教授 仙田 満)

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タイトル モンテッソーリ 子どもの家

原題 Le maître est l’enfant 英題LET THE CHILD BE THE GUIDE

監督 Alexandre Mourot (アレクサンドル・ムロ)

提供・配給 スターサンズ、イオンエンターテイメント

撮影年 2017年(日本公開2021年2月)

リンクURL  https://montessori-movie.jp/

映画『存在のない子供たち』

 

意を決した意見表明は、両親の告訴だった。

 

 

 

 「どんな罪で両親を訴えるのか」裁判長の問いに「僕を産んだ罪で」と答える主人公の少年ゼイン。出生届も出されないため戸籍もなく、誕生日もわからない。難民の両親と妹たちと共に貧民街に住むゼインは、学校にも行けず、両親に不法な仕事を手伝わされる日々。たった11歳で身売りするように嫁がせられる妹も救えなかったことに絶望し、ゼインは家を出る。生きる権利も、育つ権利も、守られる権利も、子どもの権利など何ひとつ保障されない生活が続いている少年だった。その少年が、ついに「意見表明権」を行使した。それは、冒頭の裁判所のシーンにある、両親を法的に訴えることだった。

 物語の終盤、刑務所に入れられてしまったゼインは、視聴者が電話で悩みを打ち明けるテレビ番組に獄中から電話する。 

 

 「人から尊敬される人間になりたかった。でも、神様はボロ雑巾でいることを望んだ。僕は地獄のなかを生きている」。 

 

 生まれた環境で生きることしかできない子ども。瞳の奥の闇は、もっと人間らしく生きたいと叫んでいるように見える。主人公はじめキャストのほとんどに、役柄と似た境遇の素人を集めたのは、レバノンで生まれ育ったナディーン・ラバキー監督。ドキュメンタリーではないが、ドキュメンタリーを越えたリアルな子どもの声を感じ取れる映画だ。 

(フリーランス編集&ライター 北方美穂)

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タイトル 存在のない子供たち

監督・脚本・出演 ナディーン・ラバキ―

 Blu-ray:5,280円(税込)

DVD:4,290円(税込)

発売元:キノフィルムズ/木下グループ

販売元:ハピネット・メディアマーケティング

リンクURL : http://sonzai-movie.jp/

© 2018 MoozFilms

書評『子どもへの視角 新しい子ども社会研究』

 

 

本学会誌「こども環境学研究」の巻頭対談で五十嵐隆会長と「子ども〜若者への移行期」について議論した元森絵里子さんの最新刊である。編者としてこの本全体の構成を解説する序章では、1990年代から2000年代前半にかけて設立された「学際学会」の例として「こども環境学会」にも言及されている。意欲的で、独特の視点を持った9つの章は、「現代の子ども研究で問われている視覚」「新たな視覚を必要とする現実」「子どもをめぐる歴史の重層」の3つのパートに分けられている。「学校の怪談」「子どもを見守る防犯パトロール」「児童養護施設」「児童自立支援施設」「戦災孤児」といった「新たな子どもへの視覚を展望するための見取り図を示す」(序章p19)研究が並んでおり、目次を開くと興味関心のある章から読みたくなる。防犯パトロール(4章)は「大人のための活動ではないか」や「子どもの監視である」という批判にさらされているというが、子どものためでもあり地域づくりでもあるという不可分な事柄ととらえられている。「18歳問題」を副題とする6章では、主体性や自立の強調が「人はみな誰かに依存しなければ生きていけない」という事実を覆い隠すのではないかと指摘している。二項対立的にとらえない視点、柔軟に多様に考えていく態度、子どもとその周囲の関係性に焦点を当てた理解といった観点の重要性が述べられている。身近な話題に関わる、新しい視点からの事例研究として、自身の関心に引き付けて読むことができた。

(昭和薬科大学 吉永真理)

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タイトル 子どもへの視角 新しい子ども社会研究
著者   元森絵里子,南出和余,高橋靖幸 編
価格   2,600円(税別)
出版社  新曜社
ISBN   978-4788516670
発行年  2020年2月20日
サイズ(書籍の大きさ) A5/208p
リンクURL  https://www.shin-yo-sha.co.jp/book/b497740.html

書評『持続可能な社会をめざす0歳からの保育』

環境教育・持続可能性な開発のための教育というと小学生の学習課題だと考える方が多い中、著者は0歳から行うことが重要だと主張している。その根拠となっているのは著者が取り組んできた10年にわたる登美丘西こども園での実践研究である。この詳細な記録こそがこの著作の重要なポイントとなる。園長・主任の協力があったとはいえ、他の保育者の意識を変えて園全体の取り組みへと広がっていく過程が、その苦労と共に明らかにされている。その結果、保育者の取り組みにも変化が生まれ、何よりも毎日の生活の中で子どもたちが変わり、保護者さえもが変化していくことが分かる。ここにこそ著者が知識ではなく行動の変化を起こすため、環境教育や持続可能性のための教育は0歳児からの取り組みが重要であるとの主張がある。実践研究のエビデンスとはこのような活動であると研究者は襟を正して読んで欲しい好著である。なおかつ実践家にとっては大変分かり易い手引き書となっている点にも注目である。

 (聖徳大学 神谷明宏)

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タイトル 持続可能な社会をめざす0歳からの保育 環境教育に取り組む実践研究のあゆみ

著者  井上美智子,登美丘西こども園

価格  2,200円(税別)

出版社 北大路書房 

ISBN   978-4762831225

発行年 2020年9月24日

サイズ(書籍の大きさ) 25.7 × 18.2×2 cm/156p

リンクURL http://www.kitaohji.com/books/3122_5.html

書評『亜種の起源 苦しみは波のように』

ダーウィンの進化論を通して、競争、淘汰が人間生活、社会原則まで影響を及ぼし、生命科学が遺伝子という暗号を解く中、既に人生が決められているような錯覚を覚え、機械主義が進化する中、AIの世界で人間が矮小化してしまうのではないか。

生存競争に有利な種が進化の中で生き残ったのではなく、多様な個性をもった亜種が互いに同調したり、同期したり、時にそれを解消する中で彩りに満ちた自然が創出されたのだ。それを生命科学者・桜田氏は「協創」という概念にまとめ、「考えること」と「感じること」を融合させることに科学の役割があると主張する。

健康に人生を全うするのに必要なのは「知的な才能」や「両親の社会的地位」ではなく「人生を満足させるものにする力」だ。人生最初の数年間に親や近しい人と「信頼関係」を築ければ、人は未来を信じ、現在の試練を克服できるようになるという。

「日本社会は新時代に合った子育ての姿を描けず、母親は孤独に子育ての方法を手探りで探さねばならない」「人生は相手の心を心で想うことで生成する。だから彩りのある社会は操縦や、支配からは生まれない」と論じ、「協創」の重要性をこどもの成育環境にも普遍している。「競争」から「協創」へ、進化主義、機械主義の先には絶望しかない。

(東京工業大学名誉教授 仙田 満) 

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タイトル 亜種の起源 苦しみは波のように

著者  桜田一洋

価格  1,500円(税別)

出版社 幻冬舎 

ISBN  978-4344036680

発行年 2020年9月17日

サイズ(書籍の大きさ) 19cm/213p

リンクURL  https://www.gentosha.co.jp/book/b13286.html