カテゴリ:2021夏

アートと創造性があふれるこどもの日常

子どもの生きる力を育てる大人の関わり方

|創造性|生きる力|チルドレンズミュージアム|

 

篠山チルドレンズミュージアム 館長 垣内敬造

  高学年になるにつれ、アート(芸術)が苦手という子が多くなるようです※1。原因のひとつに、生活にどう役立つのか分からないということがあるのかもしれません。アートは創造的な行為だとも思われています。では、創造性ってなんでしょうか?日常生活や子どもたちの成長にどのように役立つのでしょうか?

 兵庫県丹波篠山市にある篠山チルドレンズミュージアム(ちるみゅー)は、里山に囲まれた元中学校の木造校舎を利活用して2001年の夏休みにオープンした、子どもと子どもの心を持つ大人のためのミュージアムです。旧校舎にはハンズオンで子ども文化を紹介する展示室や、教室全体が木のおもちゃになった部屋などがあります。増築したワークショップ棟では、木工や自然を楽しむワークショップや、地域の食材をかまどで調理するワークショップなどの体験プログラムがあり、「子どもたちの創造性と生きる力を育む」ことを目標に、ちょうど20年前に作られました。

 1996年文部省(現文部科学省)の諮問に対する中教審答申※2の中に「生きる力」への言及があり、これを受けて2002年以降実施の学習指導要領で「総合的な学習の時間」が創設されました。「ああ、あの頃か」と思われる教育関係者も多いことでしょう。これからの社会を生きる子どもたちには、「自ら課題を見つけ、学び、考え、主体的に判断し、行動し、課題を解決する能力および、協調し思いやる心や感動する心などの豊かな人間性が必要」とされ、これを「生きる力」と呼びました。コンセプトはその影響を受けていますが、ちるみゅーは市の教育委員会ではなく首長部局(当時の政策部)が開設し、現在も企画総務部・創造都市課が所轄していて、教育だけでなく地域活性化というミッションも背負っています。

 ぼくは設立当初からボランティアとして関わりはじめ、2013年度から館長として運営に携わっている民間人です(2008年度から指定管理者制度を導入)。ちるみゅーは、上記のように地域のための博物館という成り立ちから、設立以来多くの市民ボランティアに支えられてきました。創造性と生きる力を持つ子を育むことは、地域の願いでもあると思っています。

 校庭だった場所には芝生が植えられ、わざと凸凹をつけたり小高い丘も作られています。ちるみゅーの芝生広場には、ブランコや滑り台といった“よくある遊具”は置いてないので、来館者から置いて欲しいと請われることもあります。でも大人の方々にはもう少し我慢して、子どもたちの遊び方を見てほしいと思っています。

 ある日、ちるみゅーで子どもたちが、「ブランコはないの?」といい出しました。「なければ作ればいいじゃん」ということで、子どもたちが木の枝にロープを吊って自作することになりました。このとき大人のファシリテーターたちは、子どもたちの発想に寄り添ってロープを準備したり、背が届かなければ手伝ったり、危険がないよう見守るだけでした。
 だんだんブランコの完成が近づくと、ある子は「宣伝しないとみんな遊んでくれないのでは?」といって宣伝ポスターを描き始めました。また、ある子は「たくさん集まり過ぎたら、順番に並ばせる役がいるから私がやる」とか、「私は後ろから押してあげる役」など自分から言い出しました。子どもたちだけでどんどん役割分担を決めていったのです。そこで子どもたちが作ったのは、ただの“ブランコ”ではなく“ブランコ遊び”という社会性のある遊び方の創造だと気付きました。

 この創造力こそ子どもたちに身に付けてほしい力だし、次回からも遊びを創り出してほしいと思ったので、子どもたちが帰ったあと手作りブランコは片付けました。滑り台の場合も丘にブルーシートを敷いて作ったりしますが、終わったら片付けます。

 ムッシュ香月さんは、子どもがやろうとする前に大人が指導しすぎると指摘されています。ちるみゅーでのムッシュ香月さんのアートワークショップは、とにかく子どもの自発性を大切にし、ある種のハプニングを期待するものでした。非日常的なハプニングが起こると、子どもたちは“ゾーン”に入りどんどん集中力が高まるのを感じます。

 ベルリン在住で遊具デザイナーでもある桂川茜さんは、遊具をデザインするとき子どもの参画をとても重要視されています。子どもの参画による発想の転換は大人にとっても驚きである一方、子どもたちの自己肯定感が強まり、生き方に変革が起こっていると思います。遊具を設計するところから教育が始まっているところにドイツの文化度の高さを感じます。

 創造性を、革新的で今まで見たことのないオリジナリティのあるもの、というように構えて捉えると、凡人には生み出せない作品のような“すごい”もの(こと)を思い浮かべます。でも、ちょっと待ってじっくり日常の遊びを見ていると、子どもの生き方に日々イノベーションが起きていることに気付きます。生き方が変わるなんて“すごい”創造性!子どもたちの日常にはアートと創造性が充満しているんですね。


注:
※1末永幸歩著,『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』, 2020年ダイヤモンド社
※2文部省 審議会答申等 (21世紀を展望した我が国の教育の在り方について(第一次答申),1996年)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chuuou/toushin/960701.htm


 

垣内敬造 (かきうちけいぞう)

大阪芸術大学大学院博士後期過程単位取得退学。1984 年よりグラフィックデザイナーとして活動。篠山チルドレンズミュージアム館長。兵庫教育大学 教員養成・研修高度化センター教授。丹波篠山市教育委員。垣内敬造事務所アートディレクター。

 

大人は透明人間

子どもの世界は沼地だ。一度入るとおもしろ過ぎて抜け出せない。

|やりたい気持ちが原動力|溶解体験|予想外から生まれる世界|

 

四條畷学園短期大学 ムッシュ香月(香月 欣浩)

  私が子どもの世界に入って28年が経過した。いればいるほど居心地がよく、奥深く面白いこの世界に、ますます引き込まれていく。
 そして気が付くと私は我を忘れ、子どもたちと遊んでいる。“自分が溶けていく”そんな感覚だ。子どもたちも私と同じように、色々なことに夢中になり、自分と「もの・ひと・こと」との境目が分からなくなる「溶解体験」を日々送っていると思われる。

 私たち大人も周りが目に入らなくなり、あっという間に時間が経過していく経験がきっとあるはずだ。世界と自分が一体化する瞬間だ。そんな環境や時間を私は子どもたちに「与えている」のではなく、「子どもたちと一緒に楽しんでいる」。

 例えばアトリエの真ん中で水をまき散らしている子どもがいる。

 絵の具のついた筆を天井に向かって振っている子どもがいる。いたずらではない。表情は大まじめで、眼差しは鋭く本気だ。「どうなるんだろう?やってみたい!知りたい!」これが子どもたちの原動力となって、行動に火をつける。子どもは大人の様に後先を考えない。いやそもそも「後先」が分からない、知らないから「やってみたい!」のだ。

 そんな子どもたちと一緒に活動をしているとワクワクする。子どもにとって、生まれて初めての経験、挑戦、発見、驚きの場面に立ち会える。最高なポジションだ。
 私は子どもたちに助言をしない。先回りをせず子どもの後ろから子どもと同じ方向を笑顔で見ている。自分を認めてくれる、応援してくれる大人が側にいる。それだけでいいと考えている。ひょっとすると子どもたちは私のことを「大人」ではなく「仲間」と思っているのかもしれない。そうならば最高にハッピーだ。

 ここに紹介する写真のほとんどは、子どもたちがたくさんの材料(紙、板、プラスティック、土、絵の具など)や道具(スプレー、釘、スポンジ、コーヒードリップなど)の中から自分で選び組み合わせて活動を行なっているものだ。

 天井から吊るしたトイレットペーパーに、スプレーで絵の具を吹き付けていた子がいた。大量に絵の具をかけるので、色水は流れ落ち床にどんどんたまっていく。池になり、湖になり、海となっていった。子どもの興味はトイレットペーパーから、床にたまった色水に移っていく。色水におもちゃを浸して持ち上げる。子どもの表情が一変した。「ムッシュ!見て見て!!」子どもが見せてくれたドーナツ状のおもちゃを見ると、穴の部分に色水の膜が張っていた。そして膜の中で色水の模様が流動しているのだ。それは見たことのない“美”の世界、発見であった。

 もし私が床に大量に溢れた色水を雑巾で拭くように助言していたら、子どもも、私もこの発見、感動を失っていただろう。「発見は想像もしていない○○から生まれる」常識だけで活動を行なっていたら世界が狭くなってしまう。
 これからも子どもたちが見たことのない世界を発見していくために、私は透明人間に徹していこうと考えている。そして子どもと一緒に冒険、挑戦をして「新しい世界」の扉を一生開き続けていく。


 

ムッシュ香月(香月 欣浩)(むっしゅかつき)

2014年NHK Eテレ「いないいないばあっ!」造形指導

小学校美術専科教諭を経て、現在は四條畷学園短期大学保育学科 准教授・キッズアート研究所代表